「トリミングサロンなどでの無麻酔歯石除去」のリスク

2022.03.15

 

【まとめ】

〇 獣医師以外の施術による無麻酔歯石除去で、歯周病を悪化させる事があり注意が必要

〇 中程度以上の歯周病に対する歯石除去には麻酔下での処置が必要

〇 歯石対策では、自宅でのブラッシングが重要で、安易に無麻酔歯石除去に頼る事は危険

【症例】

本院に以前から通われている10才のトイプードルちゃんが今年2月に、体重の減少と、鼻水が止まらないとの事で来院しました。

見た目の歯石は少ないものの、口臭が酷く、歯周ポケットも深く、歯間に触るだけでもひどく出血をする状況でした。歯周病からの痛みで食欲が落ちた可能性を疑いました。

今まで3か月に1回のペースで病院の近くのトリミングサロンで、獣医師では無い人による無麻酔での歯石除去を受けていたそうです。

当院ですぐにレントゲンを撮って確認した所、前臼歯の歯根が根本付近まで吸収(破壊)されており、鼻腔に貫通している恐れがあることが解りました。

これによって鼻水の原因も解り、血液検査などの健康チェックの後に、全身麻酔を行い最終的には永久歯を4本抜く大手術となりました。今では元気になり、体重も回復傾向にあるようです。

 

当初、飼い主さまは、「3か月毎に歯科処置をしていたのに何で?」と状況を理解できない状態でした。

実はこうした「トリミングサロンなどでの無麻酔歯石除去」をした後に、歯周病が悪化した例は、当院の把握している限り今回が初めてではありません。正確には記録はしていませんが、今まで10件は軽く超えると思います。

今後これ以上、同様の健康被害を出さないためにあえてブログを書いています。

 

なぜ「トリミングサロンなどでの無麻酔歯石除去」で、歯周病を悪化させるのか

理由① 歯石除去の装置の違い

「トリミングサロンなどでの無麻酔歯石除去」は、一般的には金属製棒で削りとる形で行います。一方、大半の動物病院では、人間の歯科でも使われる超音波スケーラーを用いております。

つまり、無麻酔歯石除去では、尖った金属で歯の表面を削り取るのに対して、動物病院では振動で歯石を浮き上がらせて除去する方法であるため、歯の表面に対するダメージは動物病院の方が段違いで少ないです。また短時間でより綺麗に歯石を除去する事が可能です。

金属製の棒の場合、歯の表面に細かな傷がつくため、その後かえって歯石が付きやすくなります。犬は人間に比べて極端にエナメル質が薄いので表面へのダメージは無視できません。

じゃあ、なぜ「トリミングサロンなどでの無麻酔歯石除去」で超音波スケーラーが使えないと言うと、現在の法律では、獣医師のいない施設では超音波スケーラーを使用すると、獣医療に相当し、法律に抵触する恐れがあるからです。

理由② 歯周ポケットへのアプローチの違い

「トリミングサロンなどでの無麻酔歯石除去」は、歯周ポケットに溜まった歯石の除去は行えません。なぜなら歯周ポケットの歯石を取ると血が出るからです。血が出ると言う事は、神経に触れておりは痛みを伴います。わざわざ歯周ポケットに溜まった歯石を取らなくても見た目は綺麗になるので、余計な時間を掛けて、わざわざ動物に痛い思いをさせる必要はないからです。

一方、大半の動物病院では、人間の歯科と同様に歯周ポケットの歯石も必ず取ります。

皆様の大半が、歯科医院でご自身の歯石を取ってもらった時に、表面はあまり痛くないものの、歯周ポケットの部分はチクチクとある程度の痛みを我慢した経験があると思います。

理由③ そもそも犬の後臼歯や歯の裏側の歯石除去は無麻酔では不可能

当たり前のことですが、後臼歯(奥歯)や裏側の歯石除去を行うためには、動物は大きく口を開けなければなりません。その状態で何十分も我慢できる動物が何頭いるのでしょうか? 「トリミングサロンなどでの無麻酔歯石除去」では施術はおよそ1時間と記載があります。と言う事は、歯の裏表を考えると約30分は、口を大きく開けた状態を維持させることになります。

我々も無麻酔で歯科処置をする事もあります。ただ初めに後臼歯(奥歯)の歯石や歯の裏側の歯石を完璧に取ることは出来ないとお話をしてから始めます。

事実、「トリミングサロンなどでの無麻酔歯石除去」を受けた後を、当院で拝見した時もほとんどのケースで歯の内側の歯石が十分にとれていません。

 

では、無麻酔歯石除去にメリットはあるのでしょうか?

トイプードルちゃんが施術を受けたトリミングサロンのホームページを見ると、無麻酔歯石除去のメリットとして

 

高齢犬や肥満、元々持病のあるワンちゃんにも施術が可能です。

麻酔のリスクが無いので、定期的な歯石除去を受けられます。

施術料が安く、飼い主さんの負担が軽くなります

との記載があります。

 

確かに全身麻酔は100%安全ではないため、この主張は理解できます。我々も高齢犬や持病のある犬の麻酔は通常以上に気を使います。

ただ我々が麻酔を使う理由は、

第一に動物を施術の痛みから解放する為

第二に口を長時間に渡って大きく開ける無理な体勢をとらせる(不動化の)為です。

本院に慣れている犬は、無麻酔で歯石除去をするし、抜歯もできます。果たして無麻酔で中途半端に施術する事、不安や痛みを伴う処置を犬に行う事が、本当にペットの為でしょうか?

我々が歯科検診をする場合は、かならず歯周病の度合いと麻酔のリスクを天秤にかけて、その歯科処置の時期を適切にアドバイスしています。

施術料が安いと言うのも事実ですが、安かろう、悪かろうでは意味がないのでは無いでしょうか?

まとめ

今回問題にしている事は、歯石が付いた状態は、大なり小なり歯周病であり、歯周ポケットの歯石を十分にとらなくても、見た目は歯が綺麗になって飼い主さんは安心するものの、水面下では歯周病がどんどん進行してしまった事。飼い主さまの3か月毎に無麻酔で歯石を取れば日々の歯磨きもしなくて良いと思い、結果として多くの歯を失ってしまった事です。また、トリミングサロン側でもなどでもこの点のインフォームが十分でなかった事です。

歯周ポケットの歯石を取らなかったため、結果として歯周病が進行してしまった。この事を飼い主様に知らせていなかったことが悔やまれます。せめて「1度動物病院でもチェックしてもらって」と言ってもらえたらと考えます。

定期的にこうした施設を利用している方は、ぜひ一度歯科検診を受けてください。

 

歯石の費用はこちらに記載しています。

歯石除去|千葉市の動物病院・あいペットクリニック稲毛獣医科 (aipetc.com)