【原因】

  • 毛包虫の例1
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犬の毛包虫症(ニキビダニ症、またはデモデクチック・マンゲ)は、「Demodex canis」という毛包虫(ニキビダニ)が皮膚の毛包内で異常に増殖することで発症する皮膚疾患です。Demodex canisは、健康な犬の皮膚にも常在している微小なダニで、通常は宿主の免疫機構によって増殖が抑えられています。しかし、免疫力の低下や遺伝的素因、ストレス、栄養不良、基礎疾患(内分泌疾患や腫瘍など)が関与することで、これらのダニが異常に増殖し、毛包を傷つけて炎症を引き起こします。特に幼犬や老犬、あるいは免疫抑制剤を使用している犬などで発症しやすい傾向があります。

毛包虫症には限局型(小範囲)と全身型(広範囲)とがあり、後者では二次的な細菌感染(膿皮症)を伴うことが多く、より重篤な皮膚病変へと進行します。適切な診断と早期治療が重要な疾患です。

【症状】

犬の毛包虫症は、発症部位と重症度によって「局所性」と「全身性」に分類されます。

局所性毛包虫症は、特に3〜6カ月齢の幼犬でよく見られます。病変は1~数ヶ所の斑状脱毛で、主に顔、特に目の周囲や口元に好発しますが、体幹や四肢にも見られることがあります。皮膚は赤くなり、フケや軽度のかさぶたが付着していることもあります。基本的には軽度で、痒みはほとんどありませんが、二次的に細菌感染を併発した場合は強い痒みや膿皮症が見られるようになります。誤ってステロイド剤などを使用すると、免疫が抑制されて病状が悪化する場合もあるため注意が必要です。

一方、全身性毛包虫症は、幼犬にも老犬にも起こり得る重篤な病態です。病変は広範囲に及び、皮膚は脱毛、紅斑、フケ、膿疱、かさぶたを伴い、独特の脂臭が出ることもあります。特に成犬で突然発症した場合は、内分泌疾患(甲状腺機能低下症、クッシング症候群)、悪性腫瘍、免疫不全などの背景疾患が関与していることが多く、原因精査が重要となります。全身性では治療が長期化し、再発のリスクも高くなるため、早期かつ総合的な診断と管理が求められます。

【治療】

犬の毛包虫症の治療は、毛包内に寄生するニキビダニを駆除するための薬剤投与を中心に行われます。代表的な駆虫薬としては、イベルメクチンドラメクチンが使用され、週1回程度の注射で徐々に効果が現れます。特にドラメクチンは家畜医療でも広く使われており、比較的安価で安定した治療効果が期待できます。ただし、これらの薬剤は一部の犬種(特にコリー系)で副作用のリスクがあるため、事前に安全性を確認することが重要です。

かつてはアミトラズ薬浴が一般的でしたが、神経症状などの副作用が問題視され、現在はほとんど使用されていません。さらに、膿皮症などの二次感染が併発している場合は、感受性試験の結果に基づいた抗生物質の投与も必要になります。

治療の反応は犬の年齢や健康状態により異なります。幼犬では反応が良好なことが多く、1〜2カ月で症状が改善する例が多く見られます。一方、成犬や老犬で発症した場合は、背景に内科疾患やホルモン異常を伴うことが多く、数カ月〜数年かけて治療を続ける必要があるケースもあります。こうした場合は血液検査やホルモン検査、アレルギー検査などを並行して行い、原因疾患の特定と管理が不可欠です。

【予防】

毛包虫症の予防は、ダニの異常繁殖を防ぐために免疫力を保つことが基本です。バランスの良い栄養、ストレス管理、定期的な健康診断などによって、基礎疾患の早期発見と治療を心がけることが大切です。特に幼犬や老犬、慢性疾患を抱える個体では、日々の皮膚の状態を観察し、脱毛や皮膚炎の兆候があれば早期に動物病院を受診することが重要です。長期にわたって犬の皮膚病の治療を、ステロイドや免疫抑制剤を使った場合、免疫力が低下して犬の毛包虫症が発症する事があります。できる限りステロイドの長期投与は避けるべきです。さらに、多頭飼育の場合は感染性の毛包虫の可能性もあるため、1頭が発症した場合は同居動物の観察も必要になります。なお、完全な予防は難しい疾患であるため、発症後の早期治療が予後に大きく関与します。犬の毛包虫症の予防策としては、日常から清潔にする事が大切です。

尚、毛包虫を発症した犬は治療終了後も繁殖に用いないことが推奨されています。

【関連疾患】

毛包虫症は、免疫力低下と深い関係があるため、多くの全身性疾患と関連します。特に犬では、甲状腺機能低下症、副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)、糖尿病、腫瘍性疾患、長期のステロイド治療などが関与しているケースが多く見られます。猫ではFIV(猫免疫不全ウイルス)やFeLV(猫白血病ウイルス)といったウイルス疾患が関係していることがあり、これらの感染症の有無を調べることが診断と治療の鍵になります。さらに、膿皮症やマラセチア皮膚炎などの二次感染が重なると、症状が複雑化し治療期間も長引くため、包括的な管理が必要です。

膿皮症アトピー性皮膚炎

【好発犬種・猫種】

毛包虫症はどの犬種・猫種にも発症しますが、遺伝的素因を持つ犬種では特に発症率が高い傾向があります。代表的な好発犬種には、アメリカン・ピット・ブル・テリア、シャーペイ、ドーベルマン、ダックスフンド、ボクサー、ブルドッグ、グレート・デーン、ジャーマン・シェパードなどが挙げられます。これらの犬種では若齢時から全身性の毛包虫症を発症する例もあり、注意が必要です。猫では発症頻度は犬に比べて少ないものの、アビシニアンやバーミーズなどの純血種での報告があります。特に、猫同士の密な接触がある環境では注意が必要です。